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最近は国内でもeラーニングによる学校教育の良い事例が出てきていますが、海外では永い歴史のある大きな成功事例があります。
今回は海外でベンチマークした事例からeラーニング活用成功と失敗の法則を纏めてみました。
優れた事例から導き出した成功の法則をまとめて見ると、極めて当たり前の結論になっていました。しかし失敗例を見ると過去の習慣や学校の文化に慣れてしまい、当たり前のことができなくなることもあるようです。
1) 教育品質の創り込み
社会人を生徒とする高等教育では教師および補助教師と言えるTA(Teaching Assistant)への教育力の教育を徹底しています。それらは生徒を大人と扱う授業の進め方からグループ学習のための教師の役割、評価、フィードバックの方法、eラーニング環境でのクラス運営ノウハウ、ソーシャルメディアでのディスカッション全体の評価方法など対面授業とは異なる学習のサポートノウハウを教育します。
この教育期間はeラーニングでの学習と実習を含め4週間にも及ぶということでした。要は教授法が異なればその教授法に対応する教育法も教育しなければならないということです。
教師は専門分野のプロフェッショナルであっても教育のプロフェッショナルとは限らないという考え方です。
2) 生徒目線での教材の創り込み
教材の開発に当たっては生徒が理解しやすいように、教育する内容によって教材のタイプを適切に選択していることにあります。具体的には知識を与える教材には文字と絵柄、情意を伝える教材には映像、作業手順を伴うスキル教育には作業ステップ毎に細かく手順を分けて解説する映像とイラスト、判断力や経過が重要な意味を持つ教材にはシミュレーション教材など、生徒が学校意欲を維持できる教材という視点で教材のタイプを使い分けます。
そのために教える内容の開発は教師が行うにしても、教材の開発は教材開発専門チームが行うなど、それぞれのプロフェッショナルの技量が活かされる仕組みを採用しています。インストラクショナル・デザインでも教育の企画段階でメディアの選択は重要なプロセスですが、このプロセスを専門家のノウハウで実践するということです。
3) 学ぶ仲間が大切
eラーニングで学ぶのは生徒が孤独になると考える方が多いのですが、ソーシャルメディアを活かして生徒同士のコミュニケーションやコラボレーションを活性化することで孤独感を払拭でき学習意欲を維持できることが判っています。ソーシャルメディアを活用した教育の研究者はこのコミュニケーションやコラボレーションにより学ぶプロセスを“知識を練る”プロセスだという研究者もおります。
生徒を孤立させない。教育にコミュニケーションやコラボレーションを取り入れるのはeラーニングによる教育では大切な要素のひとつです。
4) 役に立つ
社会人や専門能力を学ぶ生徒にとって重要な事は学んだ事柄が役に立つということです。これは学んだ事が世間で“使える場面が多いこと”と学んだ方法で“出来る”ことです。University of Phoenixなどのアメリカの社会人を生徒とする大学や大学院などではシラバスを決定するために、企業にシラバスのニーズ調査を行い、ニーズを満たしたシラバスで学科を創設するプロセスを経ています。また教師が学校に存在していない場合は企業と話し合い、実際に仕事をしている人を一定時間枠で派遣して貰い、実務に即した教育プログラムを開発する努力をしています。
役に立つ教育に徹することが永いこと維持できることで学校の評価が上がり、応募者が増え、学校経営が安定することを成功している学校は知り抜いています。
eラーニングによる通信教育は通学による学習の代わりではありません。特徴のある教授法の一種です。eラーニングによる通信教育には以下のような特徴を創り込める可能性があります。
1) キャンパスの友人に劣らないOnline Friends
eラーニングで学ぶプロセスにおいてソーシャルメディアなどで学習仲間のコミュニケーショングループを創るとキャンパスの友人に劣らない学習仲間ができます。eラーニングによる授業を先行して実践した大学などでは活発な議論がされる様子を体験しています。
メディアによるコミュニケーションはリアルなコミュニケーションではできないコミュニケーションもできるとメディアによるコミュニケーションを好意的に評価する人も増えてきています。
2) 経験を積むほど評価の良くなる文化の醸成
eラーニングによる教育を実践するにはシラバスの検討、教育内容の検討、教材開発、学習支援機能、ICT環境の構築、校務/教務システムの検討など一連のシステムを開発する必要があります。学習行動が教師ひとりに閉じられることなく多くの方々との連携により運営されるために、組織文化的には評価―改善のサイクルを導入しやすくなります。俗にいうPDCAのサイクルですが、PDCAのサイクルを廻すことで、実践したことの評価、良い点/悪い点の分析、改善案の策定と改善策導入のサイクルを廻すことになり、授業経験を積むにつれ、評価の高い教育活動を創り込むことができます。
教育には無縁と言われた反省の文化を創り込むことで、生徒のためになり、競争力のある学校経営に進化させる可能性があります。
3) 高密度経営
キャンパスでの授業に加えeラーニングによる教育を展開することで、教育の内容を二度に渡って活かすことができること、教室や教育施設が少なくて済むこと、通学可能エリアが拡がり広域から生徒を募集できるなど、学校経営のリソースの複数回活用や効率化が図れます。ICT環境の構築は当初は確かに投資を必要としますが、クラウド、SaaS、Webテクノロジーの進展で投資額は以前に比較すると相当に少なくて済むようになりました。
4) グローバル世代への進化
大学では海外の留学生が経営的にも重要な役割を担っていますが、将来海外に居住する生徒が専門学校の生徒になる可能性を考えると経営的にも大きな可能性があります。
特に日本で人材が払底する看護系などは海外で日本語学習と専門教育と同時に学習できるなど新しい魅力を創り込める可能性があります。
海外の成功事例として最も有名なのはアメリカ、フェニックス市に本拠があるUniversity of Phoenixです。University of Phoenixが残した教訓は*教育品質の創り込み*生徒目線での教材の創り込み*学ぶ仲間が大切*役に立つ、のすべての項目について教訓を事例で教えてくれています。
サンフランシスコにあるアカデミーオブアーツでは美術系大学ということもあり、学内の人的リソースを動員して教師から提示された教育の内容を教材に仕上げる専門組織を立ち上げ、教育するテーマに即した教材を開発して成功をしています。また学生を世界中から集めグローバル経営を実践しているのは両校に共通する特徴です。
逆に失敗事例はコロムビア大学で聞く事ができました。1990年代後半にコロムビア大学も大学教育にeラーニングを導入すべくeラーニングプロジェクトを立ち上げ、授業のeラーニング化を進めました。しかしこのプロジェクトは教材作成の方法の選択を間違えました。当プロジェクトは教材の作り方を教授に教え、教授に教材を開発させたのです。結果としてeラーニング化に対応できた教授と対応できない教授が入り組み、大学の教授法としてeラーニング化は正規な教授法と呼べる勢力に育成できなかったのです。
そこで再出発したプロジェクトは大学が外部にコンテンツ開発会社を作り、コンテンツ開発の専門家を確保し、専門家によるコンテンツ開発に切り替えました。
また変化する教育ニーズを遅れずに対応するために、地域の専門学校がチームを組んで新しいシラバス、教材開発、システムの共同運営を行い、単位認定は各学校で独自に行うというカリフォルニアのCCC Onlineという組織もありました。これは優れた教育内容、教材開発、運営ノウハウ蓄積を多くの組織で共同運営しようという事例です。
一般的な大学に比較した専門学校の強みは就職率にありますが、アメリカのジョージア州にあったGeorgia Gloveという州立の組織はジョージア州の学校の就職率を上げるために、州内34の教育機関が協力して企業のニーズに合うように調査・開発したシラバスと教材を各大学が共同活用し、卒業した生徒の就職の世話をするサイトと組織まで立ち上げ、州内の学校の就職率を上げたという事例です。現在はこの仕組みは定着したとしてGeorgia Gloveという支援組織は解散になっていましたが、学校が協力してまで、就職率を上げるという取り組みはすごいという感想を持ちました。
図表1 海外のeラーニング活用有名校
失敗事例にはニューヨーク大学のeラーニングによる通信教育制への参入・撤退の事例があります。ニューヨーク大学は1970年代からテキスト、CATVを活用して通信教育を運営していた経験があることから、1990年代後半にeラーニングによる通信教育「NYUOnline」を開始しました。経営層は流行のeラーニングだから学生は容易に集まると想定し、教材品質、広報もさほど力を入れず漫然と開校し、生徒がまったく集まらず撤退したということです。eラーニングというメディアの威光を過剰に頼った結果の失敗であり、以降はきちんとした教材品質の創り込みや広報など開校のプロセスを踏んで再出発しました。その後は堅調に推移し現在はNYU SCPS(School of Continuing and Professional Studies)として生涯学習や社会人大学などの分野で50,000人の生徒を擁するところまで成長しているとのことです。
eラーニングによる通信教育とはいえ、教育の基本を踏まえることが成功の要であると教えてくれました。
次回は、「成功事例に学ぶ成功のポイントと失敗のポイント」についてお話します。
【筆者プロフィール】
特定非営利活動法人 日本イーラーニングコンソシアム 会長
NTTラーニングシステムズ株式会社 企画調査室長
小 松 秀 圀
電気工学科卒業後富士電機製造株式会社の教育担当を経て1965年より富士ゼロックス株式会社で企業内教育のプロフェッショナルとして20年の企業内教育実践経験を積んだ。1987年教育事業会社のNTTラーニングシステムズ株式会社の設立に参画、常務取締役としてメディア事業の開発で会社の基礎を構築した。現在熊本大学大学院 非常勤講師、教育システム情報学会 理事、特定非営利活動法人 日本イーラーニングコンソシアム 会長など、教育のシステム化ビジネスに永年携わると共にeラーニングや企業内教育関連の諸社会活動に参画し、二十数年アメリカの教育事情を調査するなど企業内教育を改善する社会的活動を行っている。