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先号でお話ししたように、日本では国際的に比較しても教育へのICT活用は遅れていると判断できます。
ではなぜICT教育先進国はICT教育の普及・深化に努めているのでしょうか。
ICT先進国がeラーニングを活用した教育を実践する本当の狙いは、生徒が前向きに学習に取り組み、かつ考えるプロセスを得て様々な能力を育成する仕組みを構築できることにあります。
学校での教育で大きな課題のひとつが生徒のモチベーションであることは周知の事実ですが、生徒が自分を中心にした学習環境で学ぶ経験をすれば、自分のペースで自由に学ぶ学習の意欲は持続して、学習から離脱する可能性が低いことは、これもまた教育関係者の常識になっています。それに加えてICTを経てコミュニケーションやコラボレーションをすることで憶えた知識を様々な能力に変換させる力を養います。
生徒が自分のペースで学べることの歓びは、学習意欲の維持や熱心さに現れます。このような現象は小学生のような小さな子供から立派な社会人までに通用する共通の効果です。
もう15年位前ですがアメリカのフェニックスにある私立小学校を訪問致しました。そこでは算数など子供の理解力別に学習した方が学習効果の高い科目は学年別クラス構成をせずに、子供の理解力別にグループを作って、生徒各自が自分のCAI(Computer Assisted Instruction:今のeラーニングと同じ)端末を持って、自分のペースで勉強をしていました。勿論音声による学習内容の解説はイヤホーンを使って聞いているのですが、学習をする教室の雰囲気は生徒同士が自由におしゃべりしながら勉強をしていて、先生は生徒の近くで生徒の質問に答えたりしていました。そのクラスは小学校4年生から6年生までを能力別にグループを分けて勉強していました。その当時のCAIは今のように使い勝手は良くないのですが子供たちが飽きることなく仲間と屈託のない笑顔で勉強していたことを忘れることができませんでした。これは子供が自分の理解力に合ったプログラムで学べることと友達と話し合いながら自由に学ぶ楽しさを見学した例です。
また私が30歳台の若い時には富士ゼロックスで複写機のメンテナンスをするカストマーエンジニアーの技術教育を担当していました。
そこではひとり1台のビデオデッキと実習用マシンを生徒に与え、理論学習はビデオを使って生徒の自由なペースで学習でき、学習中は仲間とのおしゃべりもでき、必要ならば自由にインストラクターに質問ができるようにしました。生徒が一定の学習課程を修了すると、生徒がインストラクターに連絡し、インストラクターが実際に実習用マシンを故障させ、生徒の修理できる時間を測ります。修理時間が平均修理時間の1シグマを超える場合は理解不足と判断し、再試験となるというような、学習の進行管理のすべてを生徒個人に委ねたのです。学習の時間管理から学習目標管理まで生徒自身に任せた学習法です。
その結果、学習時間は教室で5日間掛かるプログラムが平均3日間と学習時間は40%も短くなりました。その最大の要因は生徒が自分で学習を制御できることによる学習モチベーションの維持と自分に必要なコミュニケーションや相談がいつでも自由にできる仕組みにあると考えられます。
これらの仕組みはメディアが古い時代でコミュニケーションはリアルな場面ですが、現代ではスマートメディアを使えばデジタル教科書での基礎知識の学びから、ソーシャルメディアによるコミュニケーション、コラボレーションの役割までをひとつのツールですべての役を果たすことができます。
学習進度を生徒に任せる、仲間とのコミュニケーションができるという、ICTをうまく活用した教育は生徒を飽きさせないという大きな効果が期待できます。
また新しい教授法では学ぶ目標を単に憶える“Knowing:知ること”から学んだことが“Can Do:できる”にことに進化させることが重要であると認識されています。
アメリカのASTD(American Society for Training & Development:全米人材開発協会)が発表したLearning System Module1 Designing Learningという資料の中に以下のような情報があります。
それはある知識について学習した結果、能力を発揮する表現法が
というような形で能力を発揮することが目標になるということです。
このラーニングデザインを吟味していくと教育の目標が“Knowing”に留まるのと“Can Do”とではその学習目標レベルには大きな差があり、その教授法にも大きな差がでてくると感じます。
“Knowing”に留まる教育目標と“Can Do”に進化させた教育目標との差を育成する学びの部分は
などのコミュニケーションやコラボレーションによる学習行動によって達成されるようになります。
この学習目標に合った情報を取得して、コミュニケーションやコラボレ-ションにより理解を深めるという学習行動がスマートメディアやソーシャルメディアにより、容易に可能になるということが新しい学習法の具体的手段となります。
図表Ⅰ“Knowing”から“Can Do”に変換させる学びのプロセス
数年前からモバイルラーニングの可能性の大きさを説いたm LearningというClark N. Quinnの本やQuinnのセミナーに寄せられる関心が高まっています。
m Learningで言われていることの重要なポイントは、これから普及するモバイルラーニングの持ち歩けるという特徴が特に重要で、この特性が学びを大きく進化させると予測しています。
モバイルラーニングの得意なことはソーシャルメディアなどによるコミュニケーション、コラボレーションや情報の共有などが容易にできることにあります。
社会人や実践的能力を学ぶ専門学校では、ICTを活用して、このように多くの情報を活かす術までを学ぶeラーニングは知識基盤社会での社会最適なラーニングデザインを考える上で重要なポイントとなると考えます。
このトレンドはグローバルな潮流で、先進国からやがては世界の常識になるまで進化していくと思われます。
次回は、「eラーニングを活用することの難しさとその対応策事例」についてお話します。
【筆者プロフィール】
特定非営利活動法人 日本イーラーニングコンソシアム 会長
NTTラーニングシステムズ株式会社 企画調査室長
小 松 秀 圀
電気工学科卒業後富士電機製造株式会社の教育担当を経て1965年より富士ゼロックス株式会社で企業内教育のプロフェッショナルとして20年の企業内教育実践経験を積んだ。1987年教育事業会社のNTTラーニングシステムズ株式会社の設立に参画、常務取締役としてメディア事業の開発で会社の基礎を構築した。現在熊本大学大学院 非常勤講師、教育システム情報学会 理事、特定非営利活動法人 日本イーラーニングコンソシアム 会長など、教育のシステム化ビジネスに永年携わると共にeラーニングや企業内教育関連の諸社会活動に参画し、二十数年アメリカの教育事情を調査するなど企業内教育を改善する社会的活動を行っている。